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名古屋地方裁判所 平成元年(行ウ)3号 判決

原告

水谷五郎

右訴訟代理人弁護士

伊神喜弘

被告

愛知県人事委員会

右代表者委員長

高須宏夫

右訴訟代理人弁護士

山田靖典

右訴訟復代理人弁護士

林克行

右指定代理人

浅井俊治

外五名

主文

一  被告が昭和六三年一一月八日付けでした、原告の同年一〇月二六日付け勤務条件に関する措置の要求に対する決定のうち、要求の趣旨4に係る要求につき、これを取り上げることができないとした決定は、これを取り消す。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六三年一一月八日付けでした、原告の同年一〇月二六日付け要求にかかる勤務条件に関する措置の要求はいずれも取り上げることができないとの決定は、これを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和六三年四月一日から愛知県立旭野高等学校(以下「旭野高校」という。)に理科担当の教諭として勤務するものである。

2  原告は、被告に対し、地方公務員法(以下「地公法」という。)四六条に基づき、昭和六三年一〇月二六日付けで、次の内容の措置要求をした。

(一) 本件措置要求①

(1) 内容

旭野高校校長山北堯垤(以下「山北校長」という。)は、物理実験室での有料補習、囲碁、将棋部の活動を全面的に見直し、理科教員の理科授業の補充指導、実験準備にも使用できる勤務条件にすること。

(2) 右措置要求を求めた理由の要旨

旭野高校では、物理実験室を使用して、授業前においては有料補習が、授業後においては囲碁、将棋部の部活動が行われているため、原告は右実験室で理科授業の補充指導をすることができない状態にある。

(二) 本件措置要求②

(1) 内容

山北校長は、学校行事を計画するときは、職員会議を開いて、職員の意向を聴くこと。

(2) 右措置要求を求めた理由の要旨

旭野高校では昭和六三年九月二日に防災訓練が順調に行われたにもかかわらず、山北校長はその反省会を開かず、また、職員会議に諮ることもないまま、一方的に防災訓練のやり直しを宣言し、同日一四日にそのやり直しが強行された。これは、教育基本法一〇条の教師の教育権を侵害する勤務である。

(三) 本件措置要求③

(1) 内容

山北校長は、正規授業中に旭野高校生徒の成績評価をするための業者テストを中止するか、教員に業者テストの監督業務を命じないこと。

(2) 右措置要求を求めた理由の要旨

文部省の各都道府県教育委員会に対する昭和五一年九月七日「学校における業者テストの取扱い等について」と題する通達では、業者テストは望ましくないとされているにもかかわらず、旭野高校では昭和六三年一一月四日と五日の両日にわたって、一年生、二年生全員を対象に、正規の授業時間を利用して有料の業者テストが実施される予定になっている。しかし、旭野高校生徒の学習の評価は、同校の教師自身によって適切に行うべきもので、これが正常な勤務である。

(四) 本件措置要求④

(1) 内容

山北校長は、勤務時間の割振りを変更しようとするときは職員会議に諮り、職員の意向を聴き、且つ変更した勤務時間の割振りを文書で職員にすみやかに周知させること。

(2) 右措置要求を求めた理由の要旨

旭野高校教頭近藤謙二は、昭和六三年一〇月一三日の朝会において、同月二二日(土曜日)、同月二四日から同月二六日(月曜日から水曜日)まで指定休をとってよい旨の報告をしたが、その際、原告がとった二二日の土曜日は四時間の指定休しか認めず、しかも旭野高校の正規の勤務時間の割振りでは土曜日が五時間であることを理由に、その差の一時間分を月曜日に余分に勤務するよう指示した。

勤務時間の割振りの変更は管理職の朝会の一言で変えられるものではなく、関係職員の意向を聴き、且つ、文書でその変更を職員に速やかに周知されるべきは当然である。このことは、愛知県高等学校校長会の代表と同県高等学校教職員組合の代表とが昭和四六年一二月二五日に「各学校の勤務時間の割振り及び変更については、職員会議にはかる。臨時もしくは緊急に変更の必要が生じた場合には、できるかぎり関係職員の意向をきく。」という協定文書を取り交わしていることからも明らかである。

3  被告は、昭和六三年一一月八日付けで、原告の右各措置要求はいずれも校長がその権限と責任において決定すべき事項であるから措置要求の対象とはなり得ず、これを取り上げることができない旨の決定(以下「本件決定」という。」)をした。

4  しかし、本件決定は地公法四六条の解釈を誤った違法なものである。

5  よって、原告は被告に対し、本件決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。

三  被告の主張

1  地公法で定める措置要求制度は、同法が職員に対して労働組合法(以下「労組法」という。)の適用を排除するなど、その労働基本権を制限したことの代償措置として設けられた制度であって、労組法二条が労働組合の要件として、労働者の「経済的地位の向上」を図ることを主たる目的としていることを挙げ、地公法四六条が「給与、勤務時間」を例示していることに鑑みれば、措置要求の対象となる勤務条件は、職員の経済的地位の維持、向上に関連する事項であることを要するというべきである。

更に、地公法四六条でいう「勤務条件」は同法五五条でいう「勤務条件」と同意義のものと解されるところ、同条三項が地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項は交渉の対象とすることができない旨を定めていることからすれば、措置要求の対象は管理運営に関する事項であってはならないものである。そして、本件決定が「校長がその権限と責任において決定すべき事項である」と言っているのは、右管理運営事項に当たるものであるとの趣旨を述べたものである。

2  本件措置要求①について

(一) 校長は、校務をつかさどる職責を有する(学校教育法五一条、二八条三項)ところ、校務とは一般には広く学校運営上必要な一切の仕事を指すものとされ、概括的分類として、イ学校教育の内容に関する事務、ロ教職員の人事管理に関する事務、ハ児童生徒の管理に関する事務、ニ学校の施設設備(教材等を含む。)の保全管理に関する事務、ホその他学校の運営に関する事務を挙げることができる。したがって、校長は広く学校運営上必要な一切の仕事についてその権限と責任において決定することなる。ただ、これらの事務一切を校長が一身で処理することは不可能であるから、校長は校務分掌に関する組織すなわち教務部及び庶務部を定め、所属職員に分掌させることとされている(愛知県立学校管理規則一三条、愛知県公立学校処務規程四条)。

(二) 教室の使用に関することも、右処理規程に列挙されており、右事項が校務の一であることは自明であり、この校務に係る最終的な判断を自らの権限で行い、自らが責任を負う主体は校長であることは学校教育法の明文から明らかである。すなわち、校長は、学校施設全体の状況、課外活動の内容等を総合的に考慮し、専ら校長の権限と責任において、教室の使用方法を定めるものである。

したがって、校長の判断が、措置要求の対象となる職員の勤務条件に何らかの影響を及ぼすものであり、それを改善せよとの要求でない限り、管理運営事項として、被告が山北校長に対し、同校長自ら行うべき校務に係る当時の現状の判断を変更せよとの勧告的意見を行うことができないものであり、本件措置要求①は、ひっきょう、その内容に立ち入り取り上げることができないことに帰着する。

(三) また、本件措置要求①は、職員の経済的地位の維持、向上という要件を満たしていないものである。

3  本件措置要求②について

(一) 防災訓練の実施は、右2(一)のハニに該り、校長が校務としてつかさどるものである。

(二) 校務についての判断を校長がするに当たって職員会議を開催するかどうかは山北校長が、その権限と責任において決定すべきものである。すなわち、職員会議は明文の法令上の根拠に基づいて開かれるものではなく、校務をつかさどる職責を有する校長の意思決定に際し、より適切な意思決定がされるように補助的役割を果たし、もって、校務を円滑かつ効果的に進めるために、山北校長の掌握のもとに開かれているものであって、職員会議を設置するかどうか、開催するかどうかなどは専ら校長の校務運営上の判断によるものである。したがって、被告が山北校長に対し、同校長が自ら判断すべき事項に立ち入り職員会議の開催を求めて勧告的意見の表明を行うことはできず、本件措置要求②は取り上げることができないことは明らかである。

(三) また、本件措置要求②は、職員の経済的地位の維持、向上という要件を満たしていないものである。

4  本件措置要求③について

(一) 本件措置要求③は、教育課程の内容に関するものであるが、それは校務として、山北校長がその権限と責任において決定すべき事項である。すなわち、教育課程とは、これ自体を定義した法令上の明文はないが、学校教育法及び同施行規則等の規定からすれば、学校の教育計画の全体を指すものとされ、その編成権は校長にある(愛知県立学校管理規則二条、三条、愛知県立高等学校学則五条)。

(二) 原告は、授業時間中における業者テストの中止を求めているが、業者テストの実施については、生徒の学力レベル、それを実施した場合の利点、不都合等を総合的に勘案して専ら校長の権限と責任において決定するものである。したがって、校長の判断が、措置要求の対象となる職員の勤務条件に何らかの影響を及ぼすものであり、それを改善せよとの要求でない限り、被告が山北校長に対し、同校長が自ら判断すべき事項に立ち入り、勧告的意見の表明を行うことはできない。

また、授業時間中に、業者テストが校務として行われる以上、教員がその監督を命じられることのあるのは当然であり、地方公務員である教員が上司の命に従うのは当然の義務である。(地公法三二条)。

(三) 本件措置要求③は、職員の経済的地位の維持、向上という要件を満たしていないものである。

5  本件措置要求④について

(一) 本件措置要求④は、勤務時間の割振りの変更に当たり職員会議に諮り、かつその結果を文書で職員に周知することを求めたにすぎず、勤務時間の割振りを違法なものとしてその是正を求めるものでない以上、山北校長が校務として専らその権限と責任において決定すべき事項を内容とするものにすぎない。すなわち、勤務時間の割り振りの権限は校長にある(職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例三条一項、学校職員の勤務時間等に関する規則三条。ただし、右条例、規則は土曜閉庁実施に伴う改正前のもの。)ところ、勤務時間の割振りについて職員会議に諮るかどうかは専ら校長の権限と責任において行うべきことであり、校長が勤務時間の割振りの変更をするに当たって、それを職員に周知させる方法についてはこれを定めた規定はないのであるから山北校長が自らの判断でその方法を適宜選択し実行すれば足りるものである。したがって、校長の判断が措置要求の対象となる職員の勤務条件に何らかの影響を及ぼすもので、それを改善せよとの要求でない限り、被告が右のような事項に立ち入り、職員会議の開催を求めて勧告的意見の表明を行うことができないものである。

(二) 本件措置要求④は、職員の経済的地位の維持、向上という要件を満たしていないものである。

6  以上のとおり、被告において、原告の右措置要求が地公法四六条所定の措置要求の対象にならないとしてこれを取り上げなかったことは正当であり、本件決定に違法はない。

四  被告の主張に対する反論

1  被告は、地公法五五条三項にいう管理運営事項は措置要求の対象とならないと主張するが、右主張は不当である。

(一) 教育基本法一〇条一項は「教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接責任を負って行われるべきである。」と定め、政治的、社会的勢力は勿論、教育行政、学校管理者による教育活動に対する不当な支配を禁じている。したがって、教育行政、学校管理者は、外的事項について条件整備活動をすべく、教育内容にかかわる内的事項についての介入は禁じられていると解すべきである。それ故、内的事項についてはそもそも校長の管理運営事項だとして措置要求制度の対象外にあるとの議論は成立しない。

(二) 管理運営事項は、民間でいう経営生産事項にあたるものといわれているが、経営生産事項が労働条件に及ぼす場合には当然団体交渉の対象となるとされている。この理は管理運営事項でも同じであり、したがって、管理運営事項であっても、それが勤務条件に関する事項である場合あるいは勤務条件に影響を及ぼすと認められる場合には措置要求の対象となることは明らかである。かえって、被告が総合的な人事行政機関であること及び地公法八条に定める被告の権限から考えると、校長が被告に対し、管理運営事項であることを理由としてその介入を阻止、排除する根拠はないのであって、被告は校長の管理運営事項であったとしても、右のような場合には勤務条件に関する措置として「適当な措置が執られるべきことを要求する事ができる」ものといわなければならない。地公法五五条三項は、管理運営事項は地方公共団体の専権に属するものとして被用者の団体たる職員組合との団体交渉事項とならないと定めているだけであって、被告の権限行使を制約する根拠とはならない。

(三) 被告は、校長の権限と責任において決すべき事項(被告は、管理運営事項と同一内容と主張)は措置要求の対象にならないと主張するが、校長の権限と責任において決すべき事項であることは、かえって、措置要求の対象であることを根拠づけるものである。すなわち、地公法四六条でいう勤務条件は同法五五条一項の勤務条件と同義といわれているが、校長はその権限と責任において決すべき事項については、同項にいう「地方公共団体の当局」として団体交渉の当事者能力を有するものである。したがって、校長がその権限と責任において決すべき勤務条件につき、地公法四六条に基づいて、被告に対し、地方公共団体の当局である校長により適当な措置が執られるべきことを要求することができるのは当然の理である。

2  地公法四六条にいう勤務条件とは、職員が地方公共団体に対し、勤務を提供するについて有する諸条件で、職員が自己の勤務を提供し、又はこの提供を継続するかどうかの決心をするに当たり、一般的に、当然考慮の対象となるべき利害関係事項である。したがって、この範囲はかなり広く、給与、勤務時間(勤務時間の短縮、割り振り、休息及び休憩時間等)、休暇、執務環境の改善等多種多様なものを含むものである。

3  本件各措置要求は、その内容及び右措置要求を求めた理由に照らすと、右2の勤務条件に関することが明らかである。なお、被告は、右各措置要求は職員の経済的地位の維持、向上という観点からの要件を満たしていないと主張するが、これは措置要求制度の趣旨を一般的に述べたもので、それ以上の意味はない。すなわち、措置要求の対象である勤務条件に当たるといえるかどうかが問題なのであって、当該事項が即物的に経済的地位の維持、向上といえないと勤務条件に該当しないという論法は誤りである。

4  以上のとおり、本件各措置要求は、被告主張のように不適法として取り上げないとされるべき性質のものではなく、本件決定は違法なのものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二地公法四六条にいう勤務条件の一般的意義について、先ず検討する。

1  憲法二八条は、同法二五条に定めるいわゆる生存権の保障を基本理念とし、勤労者に対して人たるに値する生存を保障すべきものとする見地に立ち、経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として団結権、団体交渉権及び争議権の労働三権を保障した規定であるが、一般職に属する地方公務員すなわち職員については、地公法五五条二項及び三七条により労組法の適用が排除され、団体協約締結権及び争議権が否定されている。地公法四六条の趣旨は、右のとおり、労働基本権を一部制限したことに対応して、職員の勤労条件の適正を確保するため、議会の議決による条例で定めることを基礎としつつ(同法二四条六項)、職員団体との交渉によって職員の意見を充分に聴くこととしてこれを補完する(同法五五条)とともに、職員の勤務条件につき人事委員会等の適法な判定を要求し得べきことを職員の権利ないし法的利益として認めることにより、その保障を強化しているものである。すなわち、人事委員会等に対する措置要求の制度は、職員の労働基本権制限の代償として設けられたものである。

したがって、地公法四六条にいう勤務条件とは、右制度趣旨に鑑み、職員が地方公共団体に対して自己の勤務を提供し、または、その提供を継続するか否かの決心をするに当たり、一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項を意味するものであり、給与、勤務時間、休暇等職員がその勤務を提供するに際しての諸条件のほか、宿舎、福利厚生に関する事項等勤務の提供に関連した待遇の一切を含むものということができる。

2  ところで、被告は、地公法五五条三項にいう「地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項」(いわゆる管理運営事項)は措置要求の対象から除かれると主張する。

同項は、地方公共団体の当局と職員団体との交渉において、管理運営事項は交渉の対象とすることができないと規定するが、右規定は、管理運営事項は法令に基づき権限を有する地方公共団体の機関が自らの責任で処理すべきものであり、これを私的利益のための団体である職員団体と交渉して決めるようなことがあれば、法治主義に基づく行政の本質に反するとの趣旨から出たものと解される。他方、人事委員会等は、給与、勤務時間その他の勤務条件、福利厚生制度その他職員に関する制度について研究を行い、その成果を地方公共団体の議会等に提出すること(地公法八条一項二号)、職員に関する条例の制定等に関し地方公共団体の議会等に意見を申し出ること(同三号)、人事行政の運営に関し任命権者に勧告すること(同四号)等の権限を有するものであり、人事委員会等は、措置の要求があったときはその判定の結果に基づいて当該事項に関し権限を有する地方公共団体の機関に対し必要な勧告をするものとされている(同法四七条)のであるから、人事委員会等が関与する地公法四六条の措置の要求においては、同法五五条三項にいう管理運営事項であるからといって、その一事により一切対象事項とすることができないと解する必然性はなく、管理運営事項に該当する場合であっても、同時に職員の勤務条件に関する事項として措置要求の対象とすることができる場合があると解すべきである。

3  この点につき更に考察するに、一般の労働者の場合、従事する労務の内容そのものが労働条件に当たると考えて特に問題はないが、地方公務員が職務に従事する場合、その職務は地方公共団体の事務の執行としての性格を有すると同時に、当該公務員にとっては勤務条件としての側面を有するという関係にあり、この二つの側面をどのように調和させるかが問題である。すなわち、地方公共団体の事務の執行は法令に基づいて管理運営されるべきものであるところ、この面のみを強調し得ないことは前記のとおりであるが、他方、広く事務執行のあり方自体を当該公務員にとっての勤務条件として捉え、これを措置要求の対象とすることも、法令に基づく権限と責任を有する機関の行為につき、人事委員会等が無限定的に干渉する道を開くことになるから相当でなく、この観点からみて、地公法四六条にいう勤務条件は、同条が例示するところの給与、勤務時間のほか、勤務環境、休暇等を含む広い意味での職員の待遇に関する事項に限られると解すべきである。そして、この意味での勤務条件に関するものである以上、それが管理運営事項を直接問題にするものであっても措置要求の対象とすることを妨げないと解される。

三そこで、本件各措置要求事項が、地公法四六条の「勤務条件」に該当するか否かについて検討する。

1  本件措置要求①について

(一)  〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果によれば、原告は旭野高校の昭和六三年度の授業において、「理科1」を一年生(四クラス)に対し週八時間、化学を二年生(四クラス)に対し週八時間担当していたが、二学期において、教科書にある実験あるいは補充授業を物理実験室ですることを計画したところ、正規の授業前の零時限では他教科の補習授業が、授業後においては囲碁・将棋部がそれぞれ同実験室を利用していたため、右計画を実施することができず、その改善方を要求したが一向に埒があかなかったため本件措置要求①の要求をしたことが認められる。

(二)  学校施設である教室の使用方法に関することは、校長のつかさどる校務の一つであるところ、右認定事実によれば、原告は、校長が承認した他の教師による物理実験室の使用によって、原告が実施したいと考えた理科の補充指導や実験準備を十分に行えなかったことを認めることができる。

原告にとって、物理実験室使用についての右不自由さは、広い意味での勤務環境の問題といえないこともないが、本件措置要求①の理由として原告が述べる点は、結局、教育実践についての批判であって、原告自身の待遇の問題ではないといわざるを得ないから、措置要求制度による救済にはなじまない問題といわざるを得ない。

2  本件措置要求②について

校長は、学校運営について最終的な意思決定を行い、その責任を負うもの(学校教育法五一条、二八条三項)であり、教職員は校長の指示命令に従ってその職務に従事するものである。ただ、学校運営の実際において校長が意思決定をするに当たって、事項によっては教職員の意思を徴しそれを参考にした方がより適切な場合もあり、また、学校運営を教職員全員の協力のもとに行うためには、教育方針や行事内容について周知徹底を図ったり、情報や意見を交換することが必要な場合もあり、職員会議は、このような観点から学校に設けられた内部的機関であって、校長の校務を補助するためのものであり、したがって、校務遂行に当たって職員会議を開くかどうかは、専ら校長の判断に委ねられているものである。

ところで、本件措置要求②は、山北校長に対し、学校行事を計画するに当たって職員会議を開き、職員の意見を聴くべきことを求めるものであるところ、学校行事はそれが職員の勤務時間等に影響する場合のあることは否定しがたいが、一般的には学校運営と深く関連するものであるから、学校行事の計画に当たって職員会議を開くこと自体を勤務条件の問題とすることは相当でない。したがって、右要求は未だ勤務条件に関する措置を求めるものとはいえない。

3  本件措置要求③について

業者テストを行わないことの要求は、校長の教育実践に対する批判に基づくものであって、原告自身の待遇に関する問題ではない。もっとも、原告は、業者テストの試験監督を命じないことをも求めているから、この限度において勤務条件に関する要求を含むかのようであるが、それは教育実践の面からの業者テストに対する強い批判の表現と解すべきものであって、試験監督に従事することにより勤務時間等の面に不都合が生ずることをいうものではないと認められるから、本件措置要求③はいずれも勤務条件に関するものということはできない。

4  本件措置要求④について

勤務時間の割振りの問題は、本俸支給の対象となる正規の勤務時間の決定であり、勤務条件の問題であるから、措置要求の対象となり得るものである。ところで、原告が本件措置要求④において求めた事項は、勤務時間の割振り又は変更そのものについてではなく、それを変更しようとするときの手続及び変更したときの周知方法についての改善であるところから、被告はそれが一般に校長の権限と責任において行うべきこと、すなわち管理運営事項に属するとして措置要求の対象とならない旨主張する。

しかしながら、管理運営事項ということから直ちに措置要求の対象にはならないとはいえないことは前記のとおりであり、また、原告は要求の趣旨として変更手続及び周知方法の改善を求めているが、理由においては具体的な割振り変更についての不服を述べており、職員会議の尊重等を一般的に求めているものではないから、全体として右勤務時間の割振りに関しての措置の要求とみて、実質審査に入るのが相当である。

5  以上によれば、本件決定のうち、本件措置要求④(要求の趣旨4)を地公法四六条にいう勤務条件に関する措置の要求に該当しないとの理由でこれを取り上げないとした部分は、違法であり取消しを免れないが、その余の部分に違法はない。

四よって、原告の請求は主文第一項の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清水信之 裁判官遠山和光 裁判官後藤眞知子は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官清水信之)

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